Official髭男dismが約3年ぶりにリリースしたメジャー3rdフルアルバム『Rejoice』は、多くのファンが待ち望んだ「帰還」の証です。ボーカル藤原聡さんの喉の不調による活動休止期間を経て届けられた本作には、これまでのヒゲダンとは一線を画すような、力強くも繊細な感情が詰め込まれています。
本作を深く読み解くと、単なる活動再開の報告に留まらない、彼らの音楽に対する真摯な姿勢と変化が見えてきます。この記事では、アルバム『Rejoice』の考察を通じて、復帰作に込められた深いメッセージや、楽曲に隠された意図を詳しく解説します。J-POPシーンのトップを走り続ける彼らが、今この瞬間に何を伝えようとしているのか、その核心に迫りましょう。
アルバム『Rejoice』考察:復帰作に込められた再生のメッセージ

アルバムのタイトルである『Rejoice』は、日本語で「喜ぶ」「祝う」といった意味を持ちます。しかし、この言葉の裏側には、単なる明るさだけではない、深い葛藤を乗り越えた者だけが到達できる境地が隠されています。活動休止という大きな壁に直面した彼らが、再び音楽を鳴らす喜びをどのように表現しているのかを紐解いていきます。
活動休止期間を経て届けられた「歓喜」の意味
2023年に発表された藤原聡さんの声帯ポリープによる活動休止は、バンドにとってもファンにとっても大きな衝撃でした。歌うことが当たり前だった日常が突然断ち切られた経験は、本作の至る所に影を落としています。しかし、その影があるからこそ、再び音を重ねられる喜びが際立っているのです。
『Rejoice』という言葉には、苦しみや不安を抱えたままでも、前を向いて歩き続ける自分たちを肯定しようとする意志が感じられます。「喜び」とは受動的なものではなく、自ら掴み取りに行くものである。そんな強いメッセージが、アルバム全体を貫く背骨となっているように見受けられます。
彼らは休止期間中、決して立ち止まっていたわけではありませんでした。喉を休めながらも楽曲制作の火を絶やさず、新しい音の可能性を探り続けていたことが、本作の音楽的な密度の濃さから伝わってきます。それはまさに、沈黙を力に変えた再生のプロセスだったと言えるでしょう。
藤原聡の喉の不調と向き合った日々の反映
ボーカリストにとって、楽器である喉の不調は、自身のアイデンティティを揺るがす深刻な事態です。藤原さんは本作の制作過程において、これまでの歌唱法を見直したり、新しい表現方法を模索したりしたことをインタビュー等で語っています。その変化は、収録曲のボーカルアプローチにも如実に現れています。
以前よりもさらに深みを増した歌声や、無理に張り上げることなく感情を乗せるテクニックは、制約があったからこそ生まれた新しい武器と言えます。痛みを隠すのではなく、その痛みさえも音楽の一部として昇華させる姿勢は、聴く者の心に深く突き刺さります。彼らは逆境を単なる不幸として終わらせませんでした。
楽曲の中には、声が出せない時期の不安や、音楽から離れる恐怖を暗示するようなフレーズも散見されます。しかし、それらは最終的に「歌いたい」という純粋な渇望へと収束していきます。不調を経験したことで、より一層自分の声に対して誠実に向き合った結果が、このアルバムには凝縮されています。
アルバムタイトル『Rejoice』が示す覚悟と喜び
タイトルに込められたメッセージを考えるとき、この言葉が命令形に近い響きを持っていることに注目すべきです。「喜びなさい」あるいは「共に喜ぼう」という呼びかけは、自分たちだけでなく、待っていてくれたリスナーを巻き込んだ共鳴を目指しているように感じられます。
『Rejoice』という言葉の選択には、以下のような意味が込められていると考えられます。
・音楽を続けられることへの純粋な感謝
・変化を受け入れ、進化し続けるバンドの決意
・リスナーと共に新しい景色を見るための招待状
また、ヒゲダンというバンドが持つ「ポップスの王道」としての自負も感じられます。どんなに苦しい状況にあっても、最終的には聴き手を鼓舞し、前向きな気持ちにさせる音楽を届けるという、プロフェッショナルな覚悟がこの一言に集約されています。彼らは再び、エンターテインメントの表舞台に力強く戻ってきたのです。
『Rejoice』の楽曲群に見る音楽性の深化と実験

本作は、これまでのヒゲダンらしさを守りつつも、サウンド面で非常に大胆な挑戦を行っています。J-POPの枠組みを広げるような重層的なアレンジや、リズムの多様性は、彼らが現在の地位に甘んじることなく進化し続けていることを証明しています。ここでは、具体的な音楽的変化について考察します。
ジャンルの壁を超えた重層的なサウンドアレンジ
『Rejoice』を聴いて驚かされるのは、その音の情報量の多さです。ブラックミュージックを基盤としたグルーヴはそのままに、クラシック音楽のようなストリングスアレンジや、サイケデリックなエレクトロ音までが絶妙なバランスで共存しています。一つのジャンルに当てはめることが困難な、唯一無二の「ヒゲダン・サウンド」が完成されています。
特に管楽器(ホーンセクション)の使い方は、以前よりもさらに大胆かつ効果的になっています。楽曲に華やかさを添えるだけでなく、時に感情の爆発を代弁するかのような激しいフレーズが印象的です。音の隙間を埋めるのではなく、音色そのものがストーリーを語るような構成は、バンドの表現力が格段に向上した証左です。
各楽器の音が独立して聞こえるようなミックスも特徴的です。ベースのうねり、ドラムのタイトなアタック、ギターのカッティング、そしてピアノの繊細な旋律。それらが混ざり合いながらも、それぞれの個性を失わない緻密な構築美は、何度も繰り返し聴くことで新しい発見をもたらしてくれます。
ライブでの再現性を意識したバンドアンサンブル
制作過程において、彼らは「ライブでこの曲を演奏する姿」を強く意識していたのではないでしょうか。活動休止中に最も飢えていたのは、ステージの上で4人が音を合わせる瞬間だったはずです。アルバムの随所に、打ち込みだけでは表現できない、人間味溢れる「うねり」や「遊び」が感じられます。
例えば、曲の合間に入るちょっとしたノイズや、テンポの微細な変化など、バンドならではのダイナミズムが強調されています。これは、完璧な音源を作るだけでなく、その場に流れる空気感までもパッケージしようとする試みのように見えます。聴き手は、ヘッドホン越しであっても彼らの熱量をダイレクトに受け取ることができます。
4人のメンバーそれぞれが、自分の役割を全うしながらも互いを鼓舞し合うようなアンサンブルは、これまで以上に強固なものとなっています。休止期間を経て、お互いの存在の大切さを再認識した結果、バンドとしての連帯感が音の説得力に直結しているのです。ライブでのパフォーマンスが今から期待されます。
ピアノポップの枠を広げるリズムアプローチの変化
ヒゲダンの代名詞とも言えるピアノポップですが、本作ではその枠組みが大きく拡張されています。特にリズムに対するアプローチが非常に多彩で、単調な4つ打ちに留まらない複雑なビートが多用されています。ジャズ的なシンコペーションや、ヒップホップを彷彿とさせるタメのあるリズムなど、聴き手を飽きさせません。
ピアノも単なる伴奏楽器としての役割を超え、時に打楽器のように激しく、時にハープのように優雅に、自由自在に姿を変えます。藤原さんのピアノプレイは、歌声と並行して楽曲の感情をコントロールする重要な役割を担っています。リズム楽器との絡み合いは、まるで会話をしているかのような軽妙さを持っています。
こうしたリズムの進化は、楽曲に高い中毒性を与えています。心地よい違和感や意外な展開が随所に散りばめられており、J-POPとしての親しみやすさを保ちつつも、玄人を唸らせる高度な音楽性を両立させています。彼らはポップスの定義を自らの手で書き換えようとしているのかもしれません。
先行シングルから紐解くアルバム全体のストーリー性

『Rejoice』には、既にヒットを記録している多くのシングル曲が収録されています。これらの楽曲がアルバムという文脈の中で再配置されることで、シングル単体で聴いたときとは異なる新しい意味が浮かび上がってきます。ヒット曲たちがアルバムのストーリーの中でどのような役割を果たしているのかを見ていきましょう。
「Subtitle」と「Chessboard」が持つ普遍的な響き
社会現象ともなった「Subtitle」や、NHK合唱コンクールの課題曲となった「Chessboard」は、どちらも「自分自身や他者とどう向き合うか」という深いテーマを抱えています。これらの楽曲がアルバムの前半や重要なポイントに配置されることで、作品全体に一本の芯が通っています。
「Subtitle」で歌われる言葉の不確かさと愛の重みは、喉の不調で言葉を失いかけた藤原さんの実体験とリンクし、より切実な響きを持って迫ってきます。また、「Chessboard」の広大な視点は、個人の悩みを人類共通の普遍的なテーマへと昇華させています。これらはアルバムにおける「問いかけ」のような役割を果たしています。
これらの楽曲が持つ圧倒的なメロディセンスと歌詞の力は、アルバムのクオリティを保証する盤石の土台となっています。リスナーは聞き馴染みのある曲を通じて安心して作品の世界観に入り込み、そこからさらに深い音楽の迷宮へと誘われていくことになるのです。まさにアルバムの顔と呼ぶにふさわしい存在感です。
葛藤と決意が交錯する「Sharon」の歌詞世界
アルバムの核となる新曲の一つ「Sharon」は、現在のヒゲダンの心境を最も色濃く反映している楽曲だと言えます。この曲で描かれるのは、理想と現実の狭間で揺れ動きながらも、大切なものを守り抜こうとする強い意志です。歌詞の端々には、苦悩を経験したからこそ紡げる血の通った言葉が並んでいます。
「Sharon」という名前が象徴するものが何であれ、そこには届かない思いや、それでも届けたいという渇望が込められています。サウンド面でも、切なさを湛えたメロディが次第に熱を帯びて盛り上がっていく構成は、感情の起伏をそのまま表現しているかのようです。本作における情緒的なハイライトと言えるでしょう。
この曲があることで、アルバムは単なる「お祭り騒ぎの復帰作」ではなく、痛みを知る大人のポップスとしての深みを得ています。弱さをさらけ出し、それを音楽として提示する強さ。それこそが、現在の彼らが獲得した新しい表現の形なのかもしれません。葛藤こそが創作の源泉であることを、この曲は教えてくれます。
日常を祝福する「日常」に込められた視点
ドラマの主題歌としても親しまれた「日常」は、アルバムの中で一際温かな光を放っています。何気ない毎日の繰り返しの中にこそ、かけがえのない価値があるという視点は、活動休止を経て「歌えることの幸福」を再確認した彼らにとって、非常に大きな意味を持っています。
派手な出来事やドラマチックな展開を求めるのではなく、足元にある小さな幸せを丁寧に掬い上げるような歌詞は、多くの人の共感を呼びます。アルバムの構成としても、こうした「静」の楽曲が配置されることで、全体の緩急が生まれ、聴き疲れしない作品に仕上がっています。穏やかな曲調の中にも、確かな生命力が宿っています。
「日常」というタイトルが示す通り、彼らの音楽は私たちの生活に寄り添うために存在しています。特別な日だけでなく、何でもない日に聴きたくなる。そんな、生活のBGMとしての役割を本作は完璧にこなしています。当たり前の毎日を肯定することの難しさと尊さを、彼らは優しく歌い上げています。
生きることへの賛歌としての『Rejoice』を読み解く

アルバム後半にかけて、メッセージ性はより個人的でありながらも、聴き手一人ひとりの人生に重なるような深いものへと変化していきます。本作は単なる音楽作品であることを超えて、今を生きるすべての人へのエールのような性質を帯びています。そこには、どのような人間愛が込められているのでしょうか。
「B-Side Blues」に込められたファンへのラブレター
アルバムを締めくくる楽曲の一つである「B-Side Blues」は、ファンに対する直接的な感謝と、これからも共に歩んでいきたいという願いが込められた一曲です。華やかなA面(表舞台)だけでなく、影の部分であるB面も含めて愛してほしい、あるいは愛し続けたいという思いが伝わってきます。
歌詞の中には、ファンとの絆を再確認させるような表現が散りばめられており、ライブでの合唱を想起させるような温かなメロディが印象的です。彼らにとってファンは、単なる観客ではなく、共に音楽を作り上げるパートナーのような存在なのでしょう。休止期間中に寄せられた多くの声援への、彼らなりの真摯な回答です。
この曲を聴くと、彼らがどれほどファンを大切に思っているか、そして音楽を通じてつながることを切望しているかが痛いほどわかります。最後を飾るにふさわしい、多幸感溢れるナンバーです。彼らの視線は常に、自分たちの音楽を受け取ってくれる人々の心に向けられているのです。
弱さを受け入れた先にある本当の強さ
『Rejoice』全体を通して感じるのは、「完璧でなくてもいい」という全肯定のメッセージです。ヒゲダンはこれまでも、完璧超人ではない人間臭い感情を歌ってきましたが、本作ではその傾向がさらに強まっています。挫折や失敗、体の不調といった「弱さ」を隠さずに表現しています。
しかし、それは単なる弱音ではありません。自分の弱さを認め、それと共存していく覚悟を決めたときに生まれる、しなやかな強さが描かれています。無敵であることよりも、何度倒れても起き上がること。そのプロセス自体を「喜び」として捉えようとする姿勢は、現代を生きる私たちに勇気を与えてくれます。
藤原さんの歌声も、完璧なテクニックを見せつけること以上に、心の揺らぎを伝えることに重きを置いているように感じられます。ひび割れた声さえも魅力に変えてしまうほどの表現力は、弱さを受け入れた者だけが持てる特権です。このアルバムは、不完全な私たちのための讃歌なのです。
完璧ではない人生を肯定するヒゲダン流の人間愛
彼らの音楽には、常に他者への優しい眼差しがあります。誰かの正しさを否定するのではなく、それぞれの抱える事情や痛みに寄り添うような包容力が魅力です。『Rejoice』では、その人間愛がよりスケールアップし、より深い洞察に基づいたものへと進化しています。
人生は常に順風満帆ではありません。時には嵐に見舞われ、進むべき方向を見失うこともあります。それでも、今の自分を愛し、今この瞬間を祝おうとする『Rejoice』の精神は、暗闇の中で小さな灯火のような役割を果たします。彼らは音楽を通じて、私たちに「大丈夫だ」と語りかけているかのようです。
人間関係の機微や、自分自身への嫌悪感。そういった負の側面さえも丸ごと飲み込んで、美しいメロディへと昇華させる手腕は、もはや芸術の域に達しています。このアルバムを聴き終えたとき、少しだけ自分の人生を誇らしく思える。それこそが、ヒゲダンが本作に込めた最大の魔法なのかもしれません。
過去作との比較から見えるOfficial髭男dismの進化

これまでのアルバム『Traveler』や『Editorial』と比較することで、『Rejoice』がいかに特異で、かつ必然的な進化を遂げた作品であるかが鮮明になります。バンドの歴史という大きな流れの中で、本作がどのような位置づけにあるのか、彼らの変遷を振り返りながら考察します。
『Editorial』から『Rejoice』へのパラダイムシフト
前作『Editorial』は、コロナ禍という閉塞感の中で、徹底的に自分たちの内面を掘り下げた、非常に内省的でストイックな作品でした。緻密な音作りと哲学的な歌詞は高く評価されましたが、どこかピリッとした緊張感が漂っていました。それに対して今作『Rejoice』は、より外向的で開放的なエネルギーに満ちています。
内面を見つめる時期を経て、再び外の世界へと飛び出し、多くの人と感情を共有したいという欲求が爆発しているように見えます。自分たちのこだわりを追求するだけでなく、その音楽がどう社会に響くか、どう聴き手の力になれるかという、ポップスターとしての使命感に再び火がついたような印象を受けます。
この変化は、単なる揺り戻しではなく、内省を深めたからこそ辿り着いた「確信」に基づいています。自分たちの音楽が持つ力を信じ切り、迷いなく鳴らされる音には、以前のような気負いはありません。より自然体で、より自由な表現へとシフトしていることが分かります。
ポップスターとしての重圧を昇華した自由な表現
ヒゲダンは今や、リリースする曲すべてがヒットを宿命づけられたような存在です。その重圧は計り知れないものがあったはずです。しかし、活動休止という「強制的なリセット」を経験したことで、彼らはその重圧から解放され、本当に作りたい音楽を純粋に楽しむ余裕を手に入れたように見えます。
『Rejoice』には、ヒットの法則に縛られないような自由奔放なアレンジや、意外な楽器の組み合わせが随所に登場します。これは、「売れること」よりも「音楽として面白いこと」を優先できるようになった精神的な成熟の表れです。皮肉なことに、その自由さが結果として極上のポップスを生み出しています。
彼らは、自分たちがアイコンとしてどう見られるかよりも、一人の音楽家として何ができるかにフォーカスしています。ポップスターという殻を脱ぎ捨て、より等身大のアーティストとして振る舞う姿は、非常に潔く、かっこいいものです。その軽やかさが、アルバム全体に風通しの良さを与えています。
メンバー4人の絆がより色濃く反映された制作過程
藤原さんの喉の不調は、メンバー全員で乗り越えるべき課題でした。ギターの小笹大輔さん、ベースの楢﨑誠さん、ドラムの松浦匡希さんの3人が、ボーカル不在の時間をどう支え、どう自分たちのスキルを磨いていたかが、本作の演奏の端々に現れています。ボーカルを立てるだけでなく、個々のプレイヤーが主役になる場面も増えています。
インタビューなどでも、休止期間中に4人で話し合う時間が増え、バンドのビジョンを共有し直したことが語られています。その連帯感は、音の厚みやグルーヴの一体感として結実しています。誰か一人のワンマンバンドではなく、4人が対等な立場でぶつかり合い、補い合う「真のバンド」の姿がここにあります。
コーラスワークの充実や、各楽器が有機的に絡み合うセクションなど、4人で音を出すことへの愛着が随所に溢れています。彼らにとってヒゲダンは、仕事の場である以上に、自分たちの居場所そのものなのでしょう。その絆の深さが、本作を単なるヒットアルバム以上の「体温を持った作品」に仕上げています。
本作『Rejoice』は、Official髭男dismが第二章の幕を開けたことを告げる記念碑的な作品です。過去の栄光にすがるのではなく、今の自分たちが鳴らせる最高の音を追求した結果、これほどまでに豊かな音楽体験をもたらす傑作が誕生しました。
まとめ:アルバム『Rejoice』考察から見えた復帰作に込められた不変のメッセージ
アルバム『Rejoice』を深く考察して見えてきたのは、Official髭男dismというバンドが持つ、驚異的な回復力と進化への貪欲さです。喉の不調という大きな試練を乗り越え、彼らが辿り着いたのは「今、この瞬間に音楽を奏でられる喜び」を全力で肯定するという、極めてシンプルで力強い結論でした。
復帰作に込められたメッセージは、単なる活動再開の喜びだけではありません。人生の「B面」とも言える苦悩や弱さを受け入れ、それさえも「Rejoice(歓喜)」の一部として祝福しようとする、深い人間愛と覚悟が本作には宿っています。精緻に構築されたサウンドと、血の通った言葉たちが織りなす世界は、私たちの日常を鮮やかに彩ってくれます。
彼らは再び、J-POPの最前線で新しい旗を掲げました。これまでの歩みを糧にしつつ、さらに高い場所を目指して歩み始めた彼らの音楽は、これからも多くの人々の心に寄り添い、生きる力を与え続けることでしょう。このアルバムを聴くたびに、私たちは何度でも「喜び」を見つけることができるはずです。


