音楽の聴き方がサブスクリプションへと移行した2020年代、J-POPシーンでは「ギターソロ不要論」が大きな議論を呼びました。イントロや間奏を飛ばして聴く「タイパ(タイムパフォーマンス)」重視のリスナーが増えたことが背景にあります。
一方で、現在の音楽シーンの最前線を走るMrs. GREEN APPLE(ミセス)は、非常に緻密でテクニカルなギターサウンドを武器に圧倒的な支持を集めています。彼らはどのようにして、ギターソロ不要論が叫ばれる時代にギターの魅力を届けているのでしょうか。
本記事では、2020年代のギターソロを取り巻く環境を整理しながら、ミセスの楽曲におけるギターの役割を詳しく考察します。バンドサウンドの新しい形を提示し続ける彼らの音楽的工夫を紐解いていきましょう。
2020年代のギターソロ不要論とMrs. GREEN APPLEが放つ存在感

近年の音楽業界では、楽曲の構成が以前よりもコンパクトになる傾向が続いています。特にギターソロは「楽曲の流れを止めるもの」として敬遠される場面も少なくありません。しかし、Mrs. GREEN APPLEはこの風潮に対して、独自の回答を示しているように見えます。
「タイパ」を意識したリスニングスタイルへの変化
2020年代に入り、YouTubeやTikTok、ストリーミングサービスの普及により、リスナーは数秒で「この曲を聴き続けるか」を判断するようになりました。そのため、歌が始まらない長いイントロや、歌のないギターソロは、スキップの対象になりやすいという現実があります。
若年層を中心としたリスナーにとって、楽曲は「効率的に楽しむもの」へと変化しました。メロディや歌詞に重きを置く聴き方が主流となる中で、楽器のテクニックを披露する時間は、情報密度が低いと感じられてしまうことが不要論の要因の一つです。
このような状況下では、単に伝統的な形式を守るだけではギターの魅力は伝わりません。リスナーの耳を飽きさせないための、新しいアプローチが求められる時代になったといえるでしょう。
ミセスが示す「歌うような」ギターの魅力
Mrs. GREEN APPLEの楽曲においても、ギターは決して主役の座を譲っているわけではありません。彼らのサウンドの特徴は、ギターがボーカルの旋律と寄り添い、時には対話するように構成されている点にあります。
ミセスのギターサウンドは、単なる伴奏ではなく、楽曲の物語を強調するための演出として機能しています。ギターソロパートが設けられている場合でも、それはリスナーの感情を昂ぶらせる「必然性」を持って配置されています。
ボーカルの大森元貴さんが作るキャッチーなメロディを、ギターの若井滉次郎さんがさらに彩ることで、ギターに興味がない層であっても自然とその音色に惹き込まれてしまうのです。これは、従来の「見せ場」としてのソロとは異なるアプローチです。
楽器の音を「声」の延長線上として配置する技術
ミセスの楽曲を聴くと、ギターのフレーズが非常に記憶に残りやすいことに気づきます。これはギターの音色やフレーズ選びが、人間の歌声に近いニュアンスを持っているからです。チョーキングやビブラートを巧みに使い、感情を表現しています。
不要論を唱える人たちが嫌うのは「退屈な時間」であって、心が動かされる音そのものを否定しているわけではありません。ミセスは、ギターソロを「歌の一部」として昇華させることで、タイパ重視の時代でも飽きられない構成を実現しています。
緻密に計算されたアンサンブルの中で、ギターがどのような役割を担うべきか。彼らの音楽は、現代のバンドマンにとって一つの指針となっていると言っても過言ではありません。
なぜ現代でギターソロは「不要」と言われるようになったのか?

かつてのロック全盛期には、ギタリストはスターであり、ソロは曲のハイライトでした。しかし、現代の音楽制作現場や消費環境の変化が、その価値観を劇的に変えてしまいました。なぜ不要論がこれほどまでに広まったのか、その背景を探ります。
ストリーミング時代における「スキップ」の心理
サブスクリプションサービスの普及により、私たちは何千万曲という音楽に瞬時にアクセスできるようになりました。この便利さと引き換えに、一つの楽曲に割く「忍耐力」が低下したと言われています。サビが来るのが遅い、間奏が長いといった要素は、離脱のきっかけになります。
特にスマートフォンで音楽を聴く層は、画面をタップするだけで次の曲へ移れます。ギターソロが始まると「早く次のメロディを聴きたい」と感じてしまう心理が働くのです。このような聴き方の変化が、制作側にも「間奏を短くする」というプレッシャーを与えています。
その結果、多くのポップスではギターソロが削られ、代わりに短いリフやラップ、あるいはダンスパートが挿入されるようになりました。ギターソロは「古い形式」というイメージを持たれるようになったのです。
SNS動画における「15秒の壁」と楽曲構造
TikTokやInstagramのリール動画など、短尺動画で楽曲が拡散されることがヒットの条件となった現代では、楽曲の「一番おいしい部分」がいかに短いかが重視されます。15秒から30秒の動画の中で、ギターソロが選ばれることは極めて稀です。
映像と共に楽しまれる音楽において、重要なのは言葉(歌詞)や覚えやすい振り付けです。テクニカルなギターの運指は、一部の楽器好きには刺さりますが、一般層への訴求力としては、ボーカルやダンスに一歩譲る形となってしまいました。
このように、楽曲が消費されるプラットフォームの性質自体が、長いギター演奏を必要としない構造を作り出しています。動画映えする「きっかけ」としての音が優先される時代なのです。
DTMとデジタルサウンドの進化による代替
現代の音楽制作(DTM)において、シンセサイザーや打ち込みの音源は驚異的な進化を遂げました。かつてギターにしか出せなかった「歪み」や「激しさ」は、今やデジタルな音色でも十分に再現可能です。そのため、あえて生身のギターを使う必要性が薄れています。
また、ヒップホップやEDMの影響を強く受けたポップスでは、ギターの音色よりも太いベースラインや独特のドラムパターンが優先されます。ギターはあくまで背景を埋める「テクスチャ」としての役割を求められることが増えました。
ギタリストがいなくても完成度の高い楽曲が作れるようになったことで、バンド編成という枠組み自体が、ポップス界においては一つの選択肢に過ぎなくなったと言えるでしょう。
Mrs. GREEN APPLEが奏でる「現代的ギターサウンド」の秘密

時代がギターに厳しくなる中で、Mrs. GREEN APPLEのギターサウンドは輝きを増しています。彼らの音作りやアレンジには、2020年代に受け入れられるための計算された工夫が随所に散りばめられています。
多層的なアレンジの中に溶け込むギター
ミセスの楽曲は、オーケストラ楽器やシンセサイザー、華やかなコーラスなど、非常に多くの音が重なっています。その中で、ギターは決して主張しすぎることはありません。しかし、よく聴くと全ての音の土台をギターが支えていることがわかります。
ギターが全面に出るのではなく、他の楽器との調和を優先した「アンサンブル重視」の姿勢が、現代の耳に心地よく響きます。派手な音色でありながら、歌の邪魔をしない絶妙なミキシングが、彼らのサウンドを洗練されたものにしています。
例えば「ダンスホール」や「ケセラセラ」といった楽曲では、ギターがパーカッシブな役割を果たし、リズムを強調しています。このように、多角的な役割をギターに持たせることが、飽きさせない秘訣です。
デジタルとアナログのハイブリッドな音作り
Mrs. GREEN APPLEは、バンドでありながら、非常にデジタルフレンドリーなサウンドを構築しています。ギターの音色自体も、クリーンなものから激しく歪んだものまで多彩ですが、どれもが現代的なハイレゾ音源に合うクリアな響きを持っています。
アナログなギターの温かみを感じさせつつも、打ち込みのビートと違和感なく混ざり合う音作りは、大森さんのプロデュース能力と若井さんのテクニックの賜物です。古臭さを感じさせない最新のギターサウンドが構築されています。
また、エフェクターを駆使して、一見するとギターとは思えないような不思議な音を出すこともあります。これにより「次にどんな音が来るのか」という驚きをリスナーに提供し続けているのです。
楽曲の展開を劇的に変える「スパイス」としてのソロ
ミセスの楽曲に登場するギターソロは、非常にドラマチックです。それは単なるテクニックの披露ではなく、楽曲の感情が爆発する瞬間に設定されています。ソロが始まることで、楽曲の景色がパッと変わるような感覚をリスナーに与えます。
不要論への対策として、彼らはソロの長さを工夫したり、ソロの裏で印象的なシンセを鳴らしたりすることで、情報の密度を高く保っています。これにより「飛ばさずに聴きたい」と思わせる引力を生み出しています。
「Soranji」などの壮大なバラードでは、ギターソロがまるで泣いているかのような表現力を見せます。言葉で言い尽くせない感情をギターに託すことで、音楽的な深みを演出しているのです。
ミセスのギターサウンドの特徴
・ボーカルのメロディを補完する「歌うフレーズ」
・リズム楽器としての側面を持つキレの良いカッティング
・デジタル音源と完璧に調和するクリアな音色
若井滉次郎のギタープレイに見る「ソロの役割」の再定義

Mrs. GREEN APPLEのギタリスト、若井滉次郎さんは、現代における理想的なプレイヤーの一人です。彼のプレイスタイルを分析すると、2020年代に求められるギタリスト像が見えてきます。
速弾きだけではない多彩な表現アプローチ
若井さんは非常に高い技術を持っており、速弾きやタッピングといった高度なテクニックも難なくこなします。しかし、彼の魅力はそれらを「見せつける」ためではなく、あくまで曲の雰囲気を高めるために使う点にあります。
時に優しく爪弾き、時に激しくかき鳴らす。そのダイナミクスの幅広さが、ミセスの楽曲に生命力を与えています。ソロパートにおいても、一音一音に込められたニュアンスが豊かで、聴き手の心にダイレクトに訴えかけます。
テクニックをひけらかすのではなく、楽曲のストーリーを完結させるためにギターを弾く。この徹底した楽曲至上主義の姿勢こそが、ギターソロを「必要なもの」としてリスナーに認めさせている理由です。
フレーズが「耳に残る」キャッチーさの追求
若井さんの作るフレーズは、一度聴くと口ずさめるほどキャッチーです。これは、彼がギタリストである前に、楽曲のメロディラインを深く理解しているからこそできる技です。ソロのフレーズが、そのまま歌のメロディになってもおかしくありません。
現代のリスナーは、複雑すぎるものよりも、直感的に「良い」と思えるものを好みます。若井さんは、玄人好みの難しいスケールを使いつつも、着地する音やリズムを工夫することで、大衆性を失わない絶妙なラインを保っています。
「青と夏」や「インフェルノ」のような疾走感のある曲でのギターは、イントロからソロまでが一体となってリスナーのテンションを押し上げます。この一体感こそが、現代のバンドサウンドにおける正解の一つです。
ライブパフォーマンスでの視覚的な存在感
ライブにおける若井さんは、ステージ上を縦横無尽に動き回り、視覚的にもギターの楽しさを伝えています。ギターを弾く姿そのものが、楽曲の世界観を補完する重要なビジュアル要素となっています。
音源でギターソロを聴くだけでなく、実際に弾いている姿を見ることで、リスナーはその熱量に圧倒されます。「この音はこうやって出しているのか」という発見は、ギターへの興味を再燃させるきっかけになります。
耳だけで聴く音楽から、目と耳の両方で楽しむ体験へ。若井さんのパフォーマンスは、ギターという楽器が持つ本来のカッコよさを、今の世代にアップデートして提示しているのです。
若井滉次郎さんは、大森元貴さんと中学時代からの同級生であり、お互いの音楽性を熟知しています。この深い信頼関係が、ボーカルとギターの完璧なコンビネーションを生んでいます。
リスナーが求める「令和のギター」とは何か

ギターソロ不要論という逆風の中でも、人々は決してギターの音を嫌いになったわけではありません。ただ、求められる「形」が変わっただけなのです。これからの時代、ギターにはどのような役割が期待されているのでしょうか。
メロディと完全に調和する「歌うギター」の需要
今のリスナーが求めているのは、楽曲の流れを分断するソロではなく、曲の一部として美しく組み込まれたフレーズです。ボーカルの合間に挟まれるオブリガード(助奏)や、サビを盛り上げるためのバッキングにセンスが光るギターが好まれます。
ミセスの楽曲が支持されるのは、ギターが常に歌の感情に寄り添っているからです。ギターが歌の「伴奏」を越えて、共に物語を語るパートナーのような存在になっているとき、リスナーはその音を必要不可欠なものと感じます。
これからのギタリストには、テクニック以上に「曲全体のプロデュース視点」が求められるようになります。どのタイミングで、どのような音を置けば歌が最も輝くのかを考える能力です。
アンサンブルのピースとしての完成度
かつての「ギターヒーロー」が一人で目立つ時代から、現在はバンド全体、あるいは楽曲全体の完成度が重視される時代です。ギターも、キーボードやベース、ドラムとどのように絡むかが問われています。
Mrs. GREEN APPLEのように、多彩な音色が飛び交う現代的なポップスでは、ギターは時に打楽器のように、時にバイオリンのように振る舞う柔軟さが必要です。特定のジャンルに縛られない自由な発想が、新しいサウンドを生みます。
他の楽器との音の隙間を縫うような緻密なアレンジは、聴き手に心地よい「密度」を感じさせます。この密度こそが、今のリスナーがサブスクで何度も繰り返し聴きたくなるポイントになります。
ギタリストが憧れる現代のアイコン像
若井滉次郎さんのような、スタイリッシュで華があり、かつ確かな実力を持つプレイヤーの存在は、ギターを始める若者にとっての希望です。彼らが奏でる「新時代のギター」に憧れる層は確実に存在します。
「ギターソロは古い」という意見がある一方で、SNS上では「弾いてみた」動画が依然として高い人気を誇っています。魅力的なフレーズやカッコいいソロは、今でも人々を熱狂させる力を持っています。
不要論を逆手に取り、新しい魅せ方を提示し続けること。それが2020年代以降の音楽シーンにおいて、ギターが生き残るための道と言えるでしょう。ミセスの成功は、その可能性を証明しています。
| 時代 | ギターの主な役割 | リスナーの傾向 |
|---|---|---|
| 1980〜90年代 | 花形のソロ、目立つ存在 | アルバム単位でじっくり聴く |
| 2000〜10年代 | リフ中心、バンド感の象徴 | ダウンロード、iPodでの視聴 |
| 2020年代〜 | アンサンブルの一部、情緒的演出 | サブスク、タイパ・スキップ文化 |
2020年代に輝くMrs. GREEN APPLEのギターサウンド考察のまとめ
2020年代の音楽シーンを席巻する「ギターソロ不要論」は、リスニング環境の変化が生んだ必然的な流れと言えるかもしれません。しかし、Mrs. GREEN APPLEの音楽を聴けば、ギターが持つ可能性が失われたわけではないことが明確にわかります。
彼らは、ギターを「歌の一部」として再定義し、緻密なアンサンブルの中に溶け込ませることで、現代のリスナーの耳を捉え続けています。若井滉次郎さんのテクニカルでありながらキャッチーなプレイは、ギターが時代遅れの楽器ではないことを証明しています。
タイパ重視の時代だからこそ、一音一音に込められた情報量や感情の密度が重要になります。ミセスのギターサウンドは、その密度を極限まで高め、スキップする隙を与えないほどの魅力を放っています。
ギターソロ不要論という議論を越えて、彼らが示す「新しいバンドの形」は、これからも多くのリスナーを魅了し続けるでしょう。ミセスの楽曲に耳を傾けるとき、その華やかなボーカルの裏で鳴り響く、計算し尽くされたギターの音色にぜひ注目してみてください。そこには、2020年代の音楽が目指すべき一つの完成形が詰まっています。


