2020年代に入り、J-POPの歌詞作りは劇的な変化を遂げました。その背景には、ヒップホップというジャンルが日本の音楽シーンに深く浸透し、その「韻(ライミング)」の技術が当たり前のように使われるようになったことが挙げられます。かつての歌謡曲とは異なる、言葉の響きやリズムを重視した歌詞が主流となっています。
この記事では、現代のヒット曲に見られる歌詞の韻の踏み方や、2020年代ヒップホップの影響がどのように楽曲のクオリティを高めているのかを詳しく解説します。これから作詞を始めたい方や、最新の音楽トレンドを深く知りたい方にとって、新しい発見があるはずです。言葉が持つリズムの面白さを一緒に探っていきましょう。
2020年代の歌詞における韻の踏み方とヒップホップの影響

現在の音楽シーンでは、ヒップホップの要素を取り入れていない楽曲を探す方が難しいほど、その影響は広範囲に及んでいます。特に歌詞における「韻」の扱いは、単なる遊び心を超えて、楽曲の完成度を左右する重要な要素となりました。ここでは、2020年代特有の傾向について見ていきましょう。
ヒップホップの手法がJ-POPのスタンダードへ
2020年代の音楽シーンを象徴するのは、ジャンルの境界線が極めて曖昧になったことです。かつてはラップパートでのみ使われていた韻のテクニックが、今やバラードやロックのサビでも頻繁に使われるようになりました。これは、リスナーがラップ的なリズム感に耳を慣らしてきた結果と言えます。
特に、メロディの中に巧みに韻を組み込む手法は、現代のJ-POPにおける基本的なスキルのひとつとなっています。言葉の意味を伝えるだけでなく、音としての心地よさを追求する姿勢が、多くのヒット曲に共通する特徴です。これにより、聴き手は一度聴いただけでフレーズが頭に残るようになります。
また、ストリーミングサービスの普及により、世界中の音楽を容易に聴けるようになったことも影響しています。海外のヒップホップやR&Bで使われる高度なライミングを、日本のアーティストが自分たちの感性でJ-POPに落とし込んでいるのです。この融合が、2020年代独自の新しい響きを作り出しています。
「母音」を意識したライミングの一般化
日本語で韻を踏む際、最も重要視されるのが「母音(ぼいん)」の一致です。2020年代の歌詞では、単に文末で韻を踏むだけでなく、フレーズの途中で何度も同じ母音を繰り返す高度な手法が一般化しました。これはヒップホップにおいて古くから使われてきた手法です。
例えば、「あ・い・う・え・お」の響きを意識的に並べることで、言葉が滑らかに繋がって聞こえます。この「母音踏み」を意識した作詞は、今のヒットメーカーたちにとって欠かせない技術です。母音が揃うことで、歌声の響きが安定し、リスナーの耳にスッと入り込む効果が生まれます。
リズムとしての言葉の配置と「フロー」
ヒップホップの影響で最も大きく変わったのは、言葉を「リズム楽器」のように捉える考え方です。歌のメロディに対して、どのように言葉をハメていくかという「フロー(歌い回し)」の概念が、J-POPの作詞にも強く反映されるようになりました。これにより、歌詞の自由度が飛躍的に向上しました。
2020年代の楽曲では、一拍の中に詰め込む文字数が以前よりも増える傾向にあります。言葉を詰め込みつつも、韻を細かく踏むことで、聴き手にストレスを感じさせず、むしろ加速感や爽快感を与えることができます。これが現代的な「ノリ」を生み出す重要なポイントです。
また、休符(休み)の使い方も巧妙になっています。あえて言葉を置かない場所を作ることで、次にくる韻を強調させる手法などは、まさにヒップホップのDNAを引き継いでいると言えるでしょう。言葉の意味内容とリズム的な快感が、より高い次元で両立されているのが現代の歌詞の特徴です。
J-POPが取り入れたヒップホップ由来のライミング技術

J-POPのアーティストたちが、どのようにしてヒップホップの技術を自分たちの楽曲に取り入れているのか、その具体的なテクニックを紐解いていきましょう。これらの手法を知ることで、音楽を聴く際の楽しみ方がさらに広がります。現代の作詞術は、非常に緻密な計算に基づいています。
多音節で韻を踏む「マルチライム」の導入
2020年代の歌詞でよく見られるのが、3文字や4文字、時にはそれ以上の長い文字数で韻を踏む「マルチライム」という技術です。かつては2文字程度の韻が主流でしたが、今では非常に複雑なライミングが行われています。これにより、歌詞に奥行きと洗練された印象が加わります。
たとえば、「将来(SYOURAI)」と「後悔(KOUKAI)」のように、長い母音の連なりを一致させることで、聴き手は強いリズムの連鎖を感じ取ります。このようなマルチライムは、単なる偶然ではなく、意図的に言葉を選び抜くことで成立します。アーティストの語彙力とセンスが試される部分でもあります。
マルチライムが多用されることで、歌詞全体の密度が濃くなります。一つのフレーズの中にいくつもの韻が仕掛けられていることもあり、何度も繰り返し聴くことで新しい発見があるような構造になっています。これが中毒性を生み出し、何度も再生される理由の一つになっています。
日本語と英語を混ぜた「バイリンガル・ライム」
ヒップホップの影響で、日本語と英語の響きを混ぜ合わせて韻を踏む手法も当たり前になりました。これは、英語の単語が持つ独特のアクセントやリズムを日本語に持ち込むための工夫です。2020年代のアーティストは、言語の壁を軽々と飛び越えて韻を構成しています。
例えば、日本語の単語の末尾と、英語の単語の響きを一致させることで、国籍不明のスタイリッシュな響きが生まれます。これにより、日本語特有の平坦なリズムに変化をつけ、世界基準のグルーヴ感を作り出すことが可能になります。これは現在のグローバルな音楽シーンを意識した戦略でもあります。
特に、サビなどの印象に残したい部分でこの手法が使われることが多いです。耳慣れた日本語の中に、突如として響きの似た英語が飛び込んでくることで、リスナーの注意を引くことができます。言葉の意味よりも「音の繋がり」を優先させる大胆なアプローチが、現代のJ-POPの面白さです。
「脚韻」だけでなく「頭韻」や「内部韻」の活用
歌詞の各行の最後で韻を踏むのが「脚韻(きゃくいん)」ですが、現代の歌詞ではそれ以外の場所でも頻繁に韻が踏まれています。フレーズの頭で同じ音を重ねる「頭韻(とういん)」や、フレーズの途中で韻を散りばめる「内部韻」といったテクニックが駆使されています。
内部韻を効果的に使うと、メロディの起伏に合わせてリズムが弾けるような感覚を演出できます。特にテンポの速い楽曲では、内部韻が楽曲に推進力を与えます。ヒップホップのラッパーたちが得意とするこの手法は、今やJ-POPのボーカリストたちにとっても必須のテクニックとなりました。
これらの韻を使い分けることで、歌詞に強弱や表情をつけることができます。ただ漫然と言葉を並べるのではなく、どこで韻を踏み、どこで外すかという計算が、楽曲にドラマチックな展開をもたらします。歌詞カードを見ながら、どこに韻が隠れているかを探すのも一つの楽しみ方です。
韻の配置で劇的に変わる!現代的な歌詞の作り方

実際に歌詞を作る際、どのように韻を配置すれば2020年代らしい「今っぽさ」が出るのでしょうか。ここでは、現代の作詞において重要視されているポイントを解説します。ただ韻を踏むだけではなく、その「質」と「配置」が楽曲の印象を大きく左右します。
意味を犠牲にしない「自然なライミング」
韻を踏むことに執着しすぎると、歌詞の意味が支離滅裂になってしまうことがあります。しかし、2020年代の優れたアーティストたちは、高度な韻を踏みながらも、しっかりと物語やメッセージを伝える能力に長けています。これが「自然なライミング」と呼ばれるものです。
不自然な単語選びは、リスナーに違和感を与え、曲の世界観から引き離してしまいます。そのため、現代の作詞家は膨大な言葉のストックの中から、意味も通り、かつ韻も完璧に合う言葉を慎重に選び出します。パズルを解くような緻密な作業を経て、あの心地よい歌詞は生まれているのです。
自然に聞こえる韻は、聴き手に「韻を踏んでいること」を意識させずに、本能的な心地よさだけを届けます。あとで歌詞を読み返した時に初めて「あ、ここで韻を踏んでいたんだ」と気づかせるような、さりげないライミングこそが現代における理想的な形と言えるでしょう。
パンチラインを作るための韻の強調
パンチラインとは、曲の中で最も印象に残る、力強いフレーズのことです。ヒップホップにおいて重要なこの概念は、現在のJ-POPでも非常に重視されています。パンチラインを際立たせるために、あえて強い韻を一点に集中させることがあります。
たとえば、サビの決めのフレーズで、それまでよりも複雑で力強い韻を持ってくることで、聴き手の記憶に強烈なインパクトを残します。ここでは言葉の意味の強さと、音の響きの強さがシンクロすることが求められます。韻の強調は、楽曲におけるハイライトを作るための強力な手段です。
パンチラインを際立たせるコツ
1. フレーズの最後だけでなく、文中でも韻を重ねて密度を上げる
2. 他のパートよりも母音の響きをはっきりと発音する
3. 韻を踏む言葉自体に、意外性や強いイメージを持たせる
話し言葉に近いリズムを取り入れる
2020年代の歌詞のもう一つの特徴は、極めて「話し言葉」に近い口語体が多く使われていることです。丁寧すぎる言葉遣いや古い詩的表現よりも、日常会話の中で使われるリアルな言葉が好まれます。ヒップホップが持つ「リアルさ」へのこだわりが、J-POPの歌詞にも影響を与えています。
日常会話特有のリズム感の中に韻を忍ばせることで、親しみやすさと音楽的なカッコよさを両立させています。友達と喋っているような軽やかさがありながら、実は高度なライミングが仕組まれている。このギャップが、現代の若者を中心としたリスナーに支持される要因となっています。
また、SNSでのコミュニケーションが日常となっている現代では、短い一言で状況を説明したり、感情を表現したりする力が求められます。短く、リズムが良く、韻が効いているフレーズは、SNSでシェアされやすく、楽曲の拡散にも大きく寄与しています。
ヒット曲の歌詞解剖:2020年代を象徴する韻のパターン

具体的な楽曲を例に挙げながら、2020年代の歌詞における韻のパターンを見ていきましょう。多くのヒット曲には、ヒップホップの技術を巧みに応用した共通のパターンが存在します。それらを分析することで、現代のヒットの法則が見えてきます。
Official髭男dism:知的なライミングとJ-POPの融合
Official髭男dismの楽曲は、非常に緻密な韻の構成で知られています。ボーカルの藤原聡さんは、ブラックミュージックの影響を色濃く受けており、メロディに対して言葉を置くセンスが抜群です。彼らの楽曲では、J-POPの王道感の中に、高度な韻のテクニックが随所に散りばめられています。
たとえば、単語の途中で音を切って次のフレーズに繋げたり、予想外の場所で韻を踏んだりすることで、聴き手に心地よい裏切りを与えます。これは楽器演奏者のような感覚で言葉を扱っている証拠です。彼らの歌詞は、単に読んでも美しいですが、歌として聴いた時に最大の力を発揮するよう設計されています。
また、抽象的な表現と具体的な日常の言葉を交互に配置し、その両方で韻を成立させるバランス感覚も素晴らしいです。これにより、知的でありながら誰もが共感できる、厚みのある世界観を作り出しています。J-POPの枠組みの中でヒップホップ的な韻の楽しさを広めた功績は非常に大きいです。
YOASOBI:小説の言葉をリズムに乗せる「魔術」
YOASOBIの楽曲は、小説を音楽にするというコンセプトから、言葉数が非常に多いのが特徴です。その膨大な言葉を一つの楽曲にまとめ上げるために、コンポーザーのAyaseさんは韻の力を最大限に活用しています。韻をガイドレールのように使うことで、速いテンポでも言葉がバラバラになりません。
特に大ヒットした「アイドル」などの楽曲では、ラップ的なパートと歌のパートがシームレスに繋がり、全編にわたって細かい韻が踏まれています。これにより、物語を語るような歌詞でありながら、ダンスミュージックとしての強力なグルーヴを維持することに成功しています。
彼らの歌詞は、視覚的に歌詞カードを見た時よりも、耳から入ってきた時の方が韻の繋がりを強く感じます。これは、言葉の響きを優先したメロディメイクが行われているためです。小説という「意味」の集合体を、韻という「音」のパズルで再構築する手法は、2020年代を象徴する新しい表現スタイルです。
Vaundy:ジャンルレスな感性が生む自由な韻
Vaundyさんは、作詞・作曲・アレンジまで全てをこなすマルチアーティストですが、彼の歌詞における韻の扱いは非常に自由で大胆です。ロック、ヒップホップ、ダンスミュージックなど、あらゆるジャンルを自在に行き来しながら、その曲に最適な韻の踏み方を選択しています。
ある曲ではラップのように執拗に韻を重ね、別の曲では情緒的なメロディを優先するために韻を最小限に抑える。この柔軟なアプローチは、ジャンルの壁がない2020年代のリスナーにとって非常に心地よいものです。彼の韻は、楽曲の「温度感」をコントロールするためのツールとして機能しています。
また、日本語の響きをあえて壊し、英語のように聞こえさせる歌唱法と韻の組み合わせも特徴的です。これにより、聴き手は新しい響きに驚きつつも、どこか懐かしいポップさも感じることになります。固定観念にとらわれない自由なライミングこそが、彼のオリジナリティの源泉です。
現代のヒット曲を分析すると、歌詞の美しさと韻によるリズムの快感が、非常に高いレベルで共存していることがわかります。アーティストたちは、自分たちの音楽ルーツにあるヒップホップ的な感覚を、現代のJ-POPというキャンバスに自由に描き出しているのです。
心地よいリズムを生み出すための韻の「響き」の作り方

歌詞に韻を取り入れる際、単に同じ音を並べるだけでは不十分です。大切なのは、どのように「響かせるか」という音楽的な視点です。ここでは、リスナーが心地よいと感じる韻の響きを作るための具体的な考え方をご紹介します。これを知るだけで、歌詞の質がグッと向上します。
子音の当たりを意識した言葉選び
韻の基本は母音を合わせることですが、その前につく「子音(しいん)」の種類によって、韻の聞こえ方は大きく変わります。例えば、「カ行」や「タ行」のような破裂音はアタックが強く、リズムを強調するのに適しています。一方で「ナ行」や「マ行」は柔らかい印象を与えます。
2020年代のキレのある楽曲では、意識的に強い子音を持つ言葉で韻を踏むことで、パーカッシブな効果を狙っています。逆に、包み込むようなバラードでは、子音の当たりが柔らかい言葉を選ぶことで、メロディの滑らかさを損なわないように工夫します。子音までコントロールできてこそ、一流の作詞と言えるでしょう。
このように、音の「質感」にまでこだわるのが現代流です。ただ母音を揃えるだけでなく、その言葉が持つ空気感や温度をメロディと同期させる。この繊細な作業が、楽曲に洗練された響きをもたらします。言葉を選ぶ際に、声に出してその「響きの感触」を確かめることが重要です。
長音と促音を活用したグルーヴの演出
日本語には「ー(長音)」や「っ(促音)」といった、独特の音の長さの概念があります。これらを韻の一部として活用することで、楽曲に独自のグルーヴを生み出すことができます。2020年代のアーティストは、これらの音をリズムの調整弁として非常に巧みに使っています。
たとえば、フレーズの途中で「っ」を入れることで一瞬のタメを作り、その直後に強い韻を配置することで、解放感やアクセントを生み出します。また、長音を使って音を伸ばす際も、その末尾で韻を合わせることで、余韻に心地よさを残すことができます。これらは、日本語ならではの韻のテクニックです。
ヒップホップの影響を受けた楽曲では、これらの音をドラムのキックやスネアの位置に合わせて配置することがよくあります。これにより、歌とトラックが完全に一体化したような感覚を得られます。日本語の特性を理解し、それをリズムパーツとして使いこなすことが、現代的な作詞の醍醐味です。
感情の起伏と連動させる韻の強弱
歌詞は感情を表現するものですから、韻もまた感情の動きと連動している必要があります。激しい感情をぶつけるシーンでは、短く強い韻を連打して焦燥感を演出し、落ち着いたシーンでは、ゆったりとした韻で安心感を与えるといった使い分けが重要です。
2020年代の楽曲では、サビに向かって韻の密度を徐々に上げていくような「ビルドアップ」の手法もよく見られます。これにより、聴き手のテンションを自然に引き上げ、サビでの爆発力を最大化させます。韻は単なる飾りではなく、楽曲の構成を支える骨組みのような役割も果たしているのです。
また、あえて韻を外すことで「違和感」を作り出し、特定のフレーズを際立たせる手法もあります。ずっと心地よいリズムが続いていた中で、突然リズムが崩れることで、リスナーの意識を歌詞の内容に集中させる効果があります。韻を「踏む」だけでなく「外す」技術も、現代の高度な表現の一部です。
まとめ:歌詞の韻と2020年代ヒップホップの影響が拓く新しい音楽表現
2020年代のJ-POPにおいて、歌詞の韻の踏み方はかつてないほど進化しました。その中心には常にヒップホップの影響があり、言葉をリズムとして捉え、音の響きを追求する姿勢が、現代のスタンダードとなっています。単に意味を伝えるだけでなく、耳で聴いた時の心地よさや、体で感じるグルーヴが重視される時代です。
母音を合わせる「母音踏み」や、長い文字数で韻を踏む「マルチライム」、そして日本語と英語を自在に操る感性。これらが組み合わさることで、今の音楽シーンを彩る数々のヒット曲が生まれています。Official髭男dismやYOASOBI、Vaundyといったアーティストたちは、こうした技術を独自の感性で昇華させ、新しい日本のポップミュージックを作り上げています。
また、SNSの普及により、短いフレーズの中に強い印象を残すパンチラインの重要性が増したことも、ライミング技術の進化を加速させました。話し言葉のようなリアルな言葉遣いの中に、緻密な計算に基づいた韻を忍ばせる手法は、リスナーとの距離を縮め、楽曲に強い説得力を与えています。
これから音楽を聴く際や、自分自身で作詞を試みる際は、ぜひ「韻」の存在を意識してみてください。言葉が持つ響きの可能性に目を向けることで、音楽の世界はより一層深く、面白いものになるはずです。2020年代に磨かれたこのライミングの感性は、これからもJ-POPを刺激的なものに変え続けていくことでしょう。


