Mrs. GREEN APPLE(ミセス・グリーン・アップル)は、現在のJ-POPシーンにおいて圧倒的な存在感を放つ3人組バンドです。2013年の結成から2020年までの「フェーズ1」、そして約1年8ヶ月の活動休止を経て2022年から始まった「フェーズ2」という区切りは、彼らの音楽人生における大きなターニングポイントとなりました。
多くのファンが「フェーズ1とフェーズ2で何が変わったの?」という疑問を抱くのは、それほどまでに彼らのビジュアルや音楽性が劇的な変化を遂げたからです。本記事では、Mrs. GREEN APPLEのフェーズ1とフェーズ2の違いを、メンバー構成、ビジュアル、音楽性、歌詞のメッセージ性という多角的な視点から詳しく考察していきます。
Mrs. GREEN APPLEというバンドが、なぜこれほどまでに多くの人々を惹きつけるのか。その核心にある変化と進化の過程を紐解いていきましょう。初期からのファンも、最近彼らを知った方も、この記事を通じてミセスの深い魅力に触れていただければ幸いです。
Mrs. GREEN APPLEのフェーズ1とフェーズ2の違い:体制とビジュアルの変化

Mrs. GREEN APPLEにおいて、フェーズという言葉は単なる時期区分ではなく、バンドの「在り方」そのものの変容を指しています。最も目に見えて分かりやすい違いは、メンバー構成と視覚的なイメージの変化です。
5人から3人へ:メンバー構成の変化
フェーズ1からフェーズ2への移行における最大のトピックは、メンバー体制の変化です。フェーズ1では、ボーカルの大森元貴さん、ギターの若井滉斗さん、キーボードの藤澤涼架さんに加え、ベースの髙野清宗さんとドラムの山中綾華さんの5人で活動していました。
しかし、2020年7月のフェーズ1完結と同時に活動休止に入り、2021年末には髙野さんと山中さんの脱退が発表されました。2022年3月のフェーズ2開幕時からは、現在の3人体制へと移行しています。リズム隊(ベースとドラム)が固定のメンバーではなくなったことは、バンドとしての音作りにも大きな影響を与えました。
【Mrs. GREEN APPLE メンバー変遷】
・フェーズ1(2013年〜2020年):大森元貴、若井滉斗、藤澤涼架、髙野清宗、山中綾華(5人体制)
・フェーズ2(2022年〜現在):大森元貴、若井滉斗、藤澤涼架(3人体制)
現在の3人は、それぞれの役割をより多角的に捉えるようになっています。サポートメンバーを迎えつつも、3人という最小限の核となることで、より自由で柔軟な表現を追求できるようになったといえるでしょう。
ビジュアル面の劇的な変化とメイクの導入
フェーズ2になって最も世間を驚かせたのは、その華やかなビジュアルの変化ではないでしょうか。フェーズ1の頃は、いわゆる「ギターロックバンド」らしい、ナチュラルで親しみやすい服装や髪型が中心でした。大森さんも黒髪や茶髪が多く、自然体な若者のイメージが強かった時期です。
対してフェーズ2では、メンバー全員がメイクを施し、色鮮やかなヘアカラーやハイブランドの衣装に身を包むようになりました。これには「K-POPアイドル化したのではないか」という声もありましたが、実際には「バンドという枠組みを超えた表現者」としての覚悟の表れです。
特に大森さんのアイメイクや衣装の華やかさは、楽曲の世界観を補完する重要な要素となっています。視覚情報も含めて一つのエンターテインメント作品として提示する姿勢は、フェーズ2におけるミセスの大きな特徴といえます。
フェーズを分ける「活動休止」という大きな転換点
2020年7月8日、ベストアルバム『5』のリリースと同時に発表された「フェーズ1完結」と「活動休止」は、ファンにとって大きな衝撃でした。この期間は単なる休息ではなく、次なる進化のための準備期間である「Project-MGA」の始動期間でもありました。
約1年8ヶ月の沈黙を破り、2022年3月18日に「ニュー・マイ・ノーマル」を公開した彼らは、以前のミセスとは一線を画す輝きを放っていました。この空白期間があったからこそ、メンバー個々のスキルアップや、バンドの方向性を再定義することが可能になったのです。
音楽性とサウンドの進化:ロックから壮大なエンターテインメントへ

Mrs. GREEN APPLEの楽曲は、フェーズを追うごとにその複雑さと華やかさを増しています。フェーズ1が「バンドとしての土台作り」だったとするならば、フェーズ2は「音楽の可能性の解放」といえるでしょう。
フェーズ1:バンドサウンドを軸にした初期衝動
フェーズ1の音楽性は、ギター、ベース、ドラム、キーボードという楽器構成が主役となる王道のギターロックが中心でした。初期の名曲「StaRt」や「Speaking」に代表されるように、疾走感のあるサウンドと、どこか青臭くも力強いアンサンブルが魅力です。
当時の楽曲は、ライブハウスでの盛り上がりを意識したものが多く、ファンが一体となって熱狂できるような「熱量」が重視されていました。一方で、シンセサイザーの音色を積極的に取り入れるなど、当時からポップスとしての完成度は非常に高いものでした。
しかし、あくまでも「5人のバンドマンが鳴らす音」という枠組みの中に収まっていた印象があります。それは若さゆえの純粋さであり、フェーズ1を「青春」と表現するファンが多い理由の一つでもあります。
フェーズ2:ジャンルを横断する多彩な音作り
フェーズ2に入ると、音楽ジャンルの壁を軽々と飛び越えるような、ミクスチャーなサウンド展開が加速しました。ロックの枠を飛び出し、ダンスミュージック、オーケストラ、ジャズ、さらにはミュージカルのような壮大な構成まで取り入れるようになっています。
代表曲「ダンスホール」に見られるファンキーなカッティングや、「ケセラセラ」に盛り込まれた重厚なストリングスとブラスセクションは、フェーズ2のミセスを象徴する音像です。DTM(デスクトップミュージック)を駆使した緻密な音作りも、より進化しています。
メンバーが3人になったことで、特定のリズム隊の演奏に縛られる必要がなくなったことも、この自由なサウンド構成を後押ししていると考えられます。もはや「バンド」という呼称すら狭すぎるような、巨大な音楽プロジェクトとしての風格が漂っています。
驚異的なハイトーンと歌唱表現の深化
大森元貴さんの歌声も、フェーズ1とフェーズ2ではその表現力が大きく異なります。フェーズ1の頃から高い歌唱技術を持っていましたが、当時は地声の強さを活かしたエネルギッシュな歌い方が目立っていました。
フェーズ2では、さらに高音域の精度が増し、ファルセット(裏声)と地声の使い分けがより芸術的な域に達しています。オペラ的な発声や、ウィスパーボイス(ささやき声)を織り交ぜた繊細な表現など、一曲の中で何人もの人格が歌っているかのような多様性を見せています。
「Soranji」などの楽曲で聴ける、魂を絞り出すようなロングトーンや、一音一音に込められた感情の密度は、フェーズ2のミセスが到達した「極地」といえるでしょう。歌い手としての進化が、楽曲のスケール感をさらに押し広げているのです。
歌詞に込められたメッセージ性の変遷を考察

大森元貴さんの描く歌詞は、常に人間の核心を突く鋭さを持っています。フェーズ1とフェーズ2では、その「向き合い方」に微妙な、しかし決定的な違いが見て取れます。
フェーズ1:内面的な葛藤と「SOS」の叫び
フェーズ1の歌詞には、「孤独」「自己嫌悪」「違和感」といった、思春期特有のヒリヒリとした感情が色濃く反映されていました。一見明るいポップなメロディの裏側に、鋭利な刃物のような痛みや、救いを求める心の叫びが隠されているのがミセスの特徴です。
「僕のこと」や「Attitude」といった楽曲には、大森さんが抱える苦悩や、音楽を作ることへの執着が赤裸々に綴られています。当時の歌詞は、聴き手に対して「僕も同じ痛みを抱えている」と寄り添う、鏡のような役割を果たしていました。
自分自身を納得させるための言葉や、外の世界に対する不信感、それでも生きていくしかないという諦念に近い覚悟。そうした内省的なメッセージが、当時の若いリスナーの心に深く刺さったのです。
フェーズ2:普遍的な「愛」と「自己肯定」の世界
フェーズ2の歌詞において顕著になったのは、「愛」や「祝福」といったポジティブな言葉の力を堂々と肯定する姿勢です。「ケセラセラ」で「私を愛せるのは私だけ」と高らかに歌う姿は、フェーズ1の葛藤を乗り越えた先にある境地を感じさせます。
以前のような鋭い毒気や内省的な暗さが消えたわけではありません。しかし、それらを含めて「人間として生きていくことを面白がる」という、より大きな視点へと変化しています。個人の痛みから、全人類に通じる普遍的な賛歌へと、メッセージのスケールが拡大したのです。
聴き手を突き放すのではなく、包み込むような優しさ。そして、どんなに泥臭い現実があっても「それはそれで良い」と笑い飛ばすような強さ。フェーズ2の歌詞は、多くの人々にとっての「心の拠り所」としての機能をより強く持っています。
すべての時代に共通する「生きる」ことへの執着
フェーズが変わっても、 Mrs. GREEN APPLEの根底に流れる哲学は変わっていません。それは、「生と死」や「孤独」というテーマに対して、どこまでも誠実であり続けるという姿勢です。
大森さんは以前、「どんなにポップな曲でも、すべては僕のSOSである」といった趣旨の発言をしています。フェーズ2の華やかな楽曲群も、その核心には人間が抱える根源的な寂しさや、生きることへの切実な思いが込められています。
表現方法が変わっても、彼らが歌っているのは常に「今の自分」であり、嘘偽りのない感情です。この一貫した誠実さこそが、フェーズ1の頃からのファンを惹きつけ続け、新たなファンをも魅了し続けている最大の理由ではないでしょうか。
代表曲で比較するMrs. GREEN APPLEの歩み

各フェーズを象徴する楽曲を具体的に比較することで、その違いをより鮮明に理解することができます。それぞれの時代の代表曲には、当時のミセスの想いが凝縮されています。
青春のシンボル「青と夏」と「WanteD! WanteD!」
フェーズ1を語る上で欠かせないのが「青と夏」です。夏の定番曲となったこの曲は、瑞々しいギターサウンドと爽快なメロディが特徴ですが、歌詞には「主役になれない自分」への眼差しが含まれています。まさに「フェーズ1=青春」を象徴する一曲です。
また、「WanteD! WanteD!」は当時のダンスロック路線の集大成ともいえる曲で、デジタル音を取り入れつつも、若者の苛立ちや衝動がダイレクトに伝わってきます。これらの曲には、全力で今を駆け抜ける5人の姿が重なって見えます。
フェーズ1の楽曲たちは、聴くたびに当時のライブハウスの空気や、メンバー同士の掛け合いを思い出させてくれます。それは、彼らが築き上げてきた歴史の結晶であり、今もなお色褪せることのない輝きを持っています。
圧倒的な全肯定ソング「ケセラセラ」と「ダンスホール」
フェーズ2の幕開け以降、ミセスの快進撃を象徴するのが「ダンスホール」です。誰もが踊れるポップなサウンドでありながら、「いつだって大丈夫」という力強い励ましの言葉が、コロナ禍明けの閉塞感ある社会に響き渡りました。
そして、日本レコード大賞を受賞した「ケセラセラ」は、フェーズ2のミセスの到達点といえる楽曲です。壮大なアレンジ、驚異的なハイトーン、そして自分を慈しむことの大切さを歌った歌詞。これらすべてが、今のミセスの圧倒的なパワーを象徴しています。
これらの曲には、もはや「誰かに似ている」と言わせない、Mrs. GREEN APPLEという唯一無二のジャンルが確立されたという自信が溢れています。聴き手に「生きる勇気」をダイレクトに届ける、真のポップスターとしての姿がそこにあります。
変化を恐れないバンドの挑戦心
フェーズ1とフェーズ2の楽曲を並べて聴くと、彼らがいかに「変化すること」に対して肯定的であるかが分かります。同じ場所にとどまり、自分たちの得意分野を繰り返す方が、バンドとしては安定したかもしれません。
しかし、Mrs. GREEN APPLEはあえてその安定を壊し、新しい自分たちへと脱皮し続けてきました。フェーズ1のファンがフェーズ2を聴いたときに感じる「寂しさ」も、ミセスにとっては計算済みの、進化のための痛みだったのかもしれません。
過去を否定するのではなく、過去の自分たちを愛しながら、さらに高い場所を目指す。その飽くなき探究心こそが、代表曲の数々に共通する「挑戦者の魂」であり、ミセスの最大の武器なのです。
どちらが人気?ファンの反応と筆者の考察

フェーズが変われば、ファンの反応も様々です。古くからのファンと新しいファンの間には、時折複雑な感情の交錯が見られますが、それもまたミセスが愛されている証拠です。
「フェ1亡霊」と呼ばれるほど愛された初期の空気感
インターネット上では、フェーズ1の活動や雰囲気をこよなく愛するファンを自虐的に「フェ1亡霊」と呼ぶことがあります。彼らが惜しんでいるのは、単なる楽曲の違いではなく、5人のメンバーが奏でる「バンド感」や、当時の大森さんが見せていた危ういまでの繊細さです。
フェーズ1のミセスには、自分たちの手の届く範囲にいてくれるような、独特の親密さがありました。放課後の音楽室のような、あるいは地元の親友のような安心感が、当時の彼らにはあったのです。その空気が変わってしまったことへの寂しさは、ファンとして自然な感情でしょう。
しかし、そうしたファンたちも、フェーズ2で見せる彼らの卓越したパフォーマンスには敬意を払っています。形は変われど、彼らが音楽に込める情熱の総量は変わっていないことを、ファンは誰よりも理解しているからです。
お茶の間に浸透した「国民的バンド」としての現在
一方で、フェーズ2以降のファン層の広がりは驚異的です。ビジュアルの変化やダンスミュージックへの接近により、それまでロックバンドに興味がなかった層や、幅広い世代の人々がミセスの楽曲を耳にするようになりました。
今やテレビ番組や映画主題歌、CMソングで彼らの声を聴かない日はありません。フェーズ2の戦略的なビジュアル展開や、SNSを活用した広報活動は、ミセスを「知る人ぞ知るバンド」から「国民的アーティスト」へと押し上げることに成功しました。
かつてのファンが愛した「尖り」は、今や「普遍的な魅力」へと昇華されました。より多くの人を救い、より多くの人を笑顔にする。その使命を選んだのがフェーズ2のMrs. GREEN APPLEなのです。
フェーズ1とフェーズ2は地続きの進化である
筆者の考察としては、フェーズ1とフェーズ2を「別物」として捉えるのではなく、一つの大きな物語の「伏線と回収」のように感じています。フェーズ1で描かれた葛藤や未完成な美しさがあったからこそ、フェーズ2の圧倒的な肯定感が説得力を持って響くのです。
大森元貴という天才的なソングライターは、最初からこの「進化」を予見していたのかもしれません。5人での活動で得た経験、活動休止中に向き合った孤独、そして3人で再出発する決意。そのすべてが、今の彼らの音の中にレイヤーのように重なっています。
どちらが良い・悪いという二項対立ではなく、どちらもMrs. GREEN APPLEという生命体が成長していくために不可欠なプロセスでした。過去を懐かしむことも、現在を熱狂することも、どちらも正しい彼らの愛し方だといえるでしょう。
まとめ:Mrs. GREEN APPLE フェーズ1・フェーズ2の違いは「深化」
Mrs. GREEN APPLEのフェーズ1とフェーズ2の違いについて、様々な角度から考察してきました。メンバー構成の変化、ビジュアルの華やかさ、音楽性のジャンルレスな拡大、そしてメッセージの普遍化。これらすべての変化を総括すると、それは単なる変容ではなく、アーティストとしての「深化」であったといえます。
フェーズ1で蒔かれた種が、活動休止という冬を経て、フェーズ2で色鮮やかな大輪の花を咲かせた。そんな光景が今のミセスには重なります。3人体制となった今も、彼らの核にある「音楽への誠実さ」と「生きることへの深い洞察」は、決して揺らいでいません。
【本記事の要点まとめ】
・体制の違い:5人体制から、より自由度の高い3人体制へ移行した。
・ビジュアルの違い:ナチュラルなバンドスタイルから、メイクを駆使した華やかな表現者へ。
・音楽性の違い:王道ギターロックから、オーケストラやダンスサウンドを含む壮大なエンタメへ。
・歌詞の違い:内省的な「SOS」の叫びから、全肯定的な「愛と祝福」の賛歌へ。
Mrs. GREEN APPLEはこれからも、私たちの想像を裏切り、期待を上回るスピードで変化し続けていくでしょう。フェーズ2の先には、また新しい扉が待っているかもしれません。彼らが奏でる「次の音」に期待しながら、これからもその唯一無二の進化を見守り続けていきたいと思います。


